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雑司ヶ谷物語(著:吉田いち子) | 豊島の選択 とっぴぃ

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  • 雑司ヶ谷物語(著:吉田いち子)
  • 雑司ヶ谷物語[62]芭蕉の門人 服部嵐雪の眠る本教寺/吉田いち子(とっぴぃ137号)

    ¥150

    本教寺( ほんきょうじ)は、1611年(慶長16年)、日安によって開山された。かつては「東纏山本染寺」と称していたが……

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  • 雑司ヶ谷物語[60][61]謎多き鎌倉街道 豊島区のどこを通っていたか?(その1・2)/吉田いち子(とっぴぃ135・136号)

    ¥300

    一般的に、鎌倉街道は、鎌倉と各地とを結ぶ道路の総称で、特に鎌倉時代に鎌倉政庁が置かれた鎌倉と各地とを結んでいた古道であると言われる。中には「古道・鎌倉街道」としての面影を残す道筋を見ることができる場所もあるものの、鎌倉時代の記録に基づいたものか、または近世以降の地元民の口伝によるものか?解明されず謎も多い。 さて、豊島区では鎌倉街道はどこを通っていたのだろうか?豊島区の郷土史研究家……

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  • 雑司ヶ谷物語[59]榊原家の菩提寺「本立寺」に眠る 名妓・高尾大夫/吉田いち子(とっぴぃ134号)

    ¥150

    南池袋にある本立寺(ほんりゅうじ)は元和4(1618)年に善了院日詠によって創建された日蓮宗の寺院。江戸時代中期には、……

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  • 雑司ヶ谷物語[58]地域特産の「大だいこん」は冬期に大奥へ献上 /吉田いち子(とっぴぃ133号)

    ¥150

    各地域では、気候や風土に適したさまざまな農産物が作られた。豊島区域の特産物としては「駒込茄子」「雑司ヶ谷南瓜」……

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  • 雑司ヶ谷物語[57]雑司ヶ谷の名物野菜 小北の牛蒡/吉田いち子(とっぴぃ132号)

    ¥150

    北を荒川、南を多摩川に挟まれた武蔵野台地の東部に位置する豊島区。谷戸川、弦巻川、谷端川などで削られることで……

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  • 雑司ヶ谷物語[56]鬼子母神堂建立した前田利家の孫娘 満姫/吉田いち子(とっぴぃ131号)

    ¥150

    『雑司ヶ谷 いろはかるた』の「と」の札に「利家の孫姫が建てた鬼子母神堂」とある。前号でも紹介したが、……

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  • 雑司ヶ谷物語[55]大行院を寄進した前田利家/吉田いち子(とっぴぃ130号)

    ¥150

    前号(「雑司ヶ谷物語」)では永禄4(1561年)年、5月に雑司の役にあった柳下若挟守の下男、山本丹右衛門が清土(文京区目白台)の地より掘りだし、星の井……

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  • 雑司ヶ谷物語[54]鬼子母神像の出現から 人々の信仰まで/吉田いち子(とっぴぃ129号)

    ¥150

    鬼子母神のご尊像は、室町時代の永禄4(1561)年の5月16日、雑司の役にあった柳下若挟守の家臣、山本丹右衛門が……

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  • 雑司ヶ谷物語[53]面影橋を渡りミステリアスな逸話が残る南蔵院へ/吉田いち子(とっぴぃ128号)

    ¥150

    面影橋を渡り「山吹の里」の碑の前を通り過ぎ、さらに奥に進んだところに南蔵院はある。 真言宗護国寺の……

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  • 雑司ヶ谷物語[52]宿坂の怪現象の数々 狐狸の仕業か/吉田いち子(とっぴぃ127号)

    ¥150

    目白通り「高田1丁目交差点」から面影橋方面へと下っていく「宿坂」という坂道がある。鎌倉時代に宿坂の関という……

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  • 雑司ヶ谷物語[51]静かな「四ツ家町」で起こった不可思議な事件の真相は?/吉田いち子(とっぴぃ126号)

    ¥150

    岡場所のあった護国寺から鬼子母神の門前町に通ずる道に古くから四ツ家町通りと呼ばれる辻が あった。今の目白通りであろう。

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  • 雑司ヶ谷物語[50]大正時代の遺構発見 富士フイルム設立に繋がる「東洋乾板株式会社」/吉田いち子(とっぴぃ125号)

    ¥300

    2003年に都道環状第5の1号線の工事の時に発見された「南池袋遺跡」は江戸時代を中心とする遺跡である。江戸時代この地域は雑司ヶ谷村の一部であり、江戸時代の村絵図と見比べても江戸時代の主な道路や神社は現在も残っており、当時の様子を想像する事ができる。 さて、……

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  • 雑司ヶ谷物語[48][49]林芙美子 東京生活の第一歩だった雑司ヶ谷(その1・2)/吉田いち子(とっぴぃ122・123号)

    ¥300

    事務員、女工、カフェーの女給など様々な職業を転々とし、作家を志した林芙美子。昭和5(1930)年、市井に生きる若い女性の生活を綴った『放浪記』を出版し、…… ※[49]のタイトルは「強く激しく生きた林芙美子が 雑司ヶ谷で過ごした時間」です。

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  • 雑司ヶ谷物語[47]鬼子母神の「百度石」/吉田いち子(とっぴぃ122号)

    ¥150

    お百度参りとは神仏に願い事を叶えてもらうための民間信仰の一つで、願いを唱えながら百往復する時の目印としたのが「百度石」である。欅並木の参道を突きあたり左折すると……

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  • 雑司ヶ谷物語[46]〝雑司ヶ谷〞に住み日本の精神文化に心酔したリヒャルト・ハイゼ/吉田いち子(とっぴぃ121号)

    ¥150

    明治35年(1902)にドイツ語教師として日本の近代化に寄与すべく来日したリヒャルト・ハイゼは、現在の一橋大学や学習院で20数年教鞭をとる中で、皇族をはじめ明治の元勲や知識人たちとも親交をもった。その中でも世界初の破傷風菌の純粋培養に成功し、ペスト菌を発見し「細菌学の父」とよばれた北里柴三郎とは深い親交があったと思われる。……

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  • 雑司ヶ谷物語[44][45]〝異人館〞として名物だったリヒャルト・ハイゼの住む家(その1・2)/吉田いち子(とっぴぃ119・120号)

    ¥300

    起伏に富んだ雑司ヶ谷の地を流れる弦巻川を眺める高台に明治末に建てられ近隣の人々から〝異人館〞とよばれた館があった。住民はドイツ人のリヒャルト・ハイゼ。…… ※[45]のタイトルは「子どもたちの恰好の遊び場 雨雀も訪れた「ハイゼの原」」です。

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  • 雑司ヶ谷物語[43]起伏にとんだ土地に水を湛えて流れた弦巻川/吉田いち子(とっぴぃ118号)

    ¥150

    11世紀平安時代の後期に活躍した八幡太郎義家として有名な源義家がこの川の辺りで戦って弓の弦を巻き返したというとこから弦巻川とよばれるようになったのが川の名前の由来であると言われる。……

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  • 雑司ヶ谷物語[42]吉宗による将軍権威の強化 鷹場維持の為の「御犬部屋」/吉田いち子(とっぴぃ117号)

    ¥150

    前号では生類保護の政策を打ち出してからは殺生を伴う鷹狩を一度も実施しなかった五代将軍・綱吉を取り上げた。綱吉は……

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  • 雑司ヶ谷物語[41]鷹狩をしなかった将軍綱吉の「犬屋敷」建設とは/吉田いち子(とっぴぃ116号)

    ¥150

    徳川歴代の将軍たちは鷹狩(鷹による狩猟で放鷹ともいう)をし、中でも三代家光は128回、八代吉宗が45回と群を抜き、特に家光は最も多い年は1年に36回もの御成(外出)をしている。鷹狩は……

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  • 雑司ヶ谷物語[40]桜の名所だった〝遊園地〞風流な〝丸猫の池〞/吉田いち子(とっぴぃ115号)

    ¥150

    今春も多くの人々の目を楽しませてくれた桜。中でもソメイヨシノは豊島区駒込が発祥地として有名である。さて、雑司が谷の法明寺の桜は……

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  • 雑司ヶ谷物語[38][39]「大門けやき並木保存会」の結成 伝統を守ることに尽力した雨雀/吉田いち子(とっぴぃ113・114号)

    ¥300

    今なお、子母神参道のケヤキ並木通りを歩くと、瘤の突き出た大樹に歴史の流れを感じる。江戸 時代の後半にまとめられた『地誌御調書上』によれば、…… ※[39]のタイトルは「不運続きの中でも 童話・詩へ熱い創作意欲」です。

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  • 雑司ヶ谷物語[36][37]こよなく雑司が谷を愛した 秋田雨雀/吉田いち子(とっぴぃ111・112号)

    ¥300

    鬼子母神大門ケヤキ並木を子母神堂方向と反対に右に折れ、緩やかな坂を下っていくと、戦前期には法明寺の末寺のひとつであった本納寺がある。落ち着いた清楚な佇まいの寺である。本堂に向かい右側に月花塚の碑があり、更に裏へ歩いて行くと秋田雨雀の墓がある。…… ※[37]のタイトルは「寂しがりやで人好きの雨雀 「森の會」に集まる人々」です。

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  • 雑司ヶ谷物語[35]鬼子母神のはじまり 「鬼」の字にツノがない理由とは?/吉田いち子(とっぴぃ110号)

    ¥150

    豊島区内の最古の構造物である子母神堂は縁起によれば天正6年(1578)5月1日稲荷社跡の叢林を開き造営した。今の本殿は……

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  • 雑司ヶ谷物語[34]いつの世も変わらぬ子をおもう親心 疱瘡除けの「赤色」/吉田いち子(とっぴぃ109号)

    ¥150

    古来より人々は疫病(伝染病)を恐れていた。日本においては、中央アジアを起源に東西世界に感染は広がり、我が国での初めての天然痘流行は、仏教と共に大陸から伝わった頃といわれ、最初の記録は『日本書紀』[天平7年(735)]とされる。 遣唐使が連れて来た一行の中に……

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